いいように使われてる人
会社や家族、友人、知人に、いいように使われる人って、本人は「人のために役立ってる」「自分がしんどい目をしても、相手はそのことをわかってくれてて、感謝してる」と思ってる。
そう思わされていることに、なぜ気づけないのか?
実際、少しは役に立ってるけど、本人が思ってるよりは、割りが合ってないってことに気づかない。
客観視ができないことが一番だが、人の口車を鵜呑みにしやすい、おひとよし。心地のいい言葉だけを拾って、耳の痛い言葉は極力入れないようにしてる。
それで後々自分が苦労することに気づいてたら良いけど、まあ、気づいてないことが多い。
それを自分の未熟さで自己責任だと思わされるのね。
日本の社会って、そういう人が一定数、常にいるから、こんな社会構造になってるんだろうな。
そういう人は、どこで幸せを見い出すのだろう?
自分の価値がわからないから、常に人のものさしをあてにして、自分を測るしかないのかな。それなら、人に「あんた、幸せね」って言われたら幸せを感じるのかな?