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地域に密着しながら 横浜に生きる人の熱さを伝える

01.27.2011 · Posted in Interview, Media

横浜市民放送局・ポートサイドステーション  木村 静さん

●横浜の市民メディア放送局

「人の熱さや、生きていることを実感したいんだろうなって思うんですよ。そのために会いたい人がいて、聞きたい話があって、見たいものがあって。それを多くの人に伝えたい」。

木村静さんは、横浜市民放送局・ポートサイドステーションにおける番組の企画からインタビュー・撮影・編集・Webへの動画のアップから報告記事まで、横浜市民の様子をユーストリーム中継やインターネットを使って発信している。どの人に話を聞くか、どのイベントを取材するかは直感で選び、地域密着というキーワードで人の熱を感じさせる題材を取材し発信し続けている。


不登校や身体にハンディキャップがある中高生を受け入れる、星槎学園高等部ポートサイド校校長のインタビュー。

●市民メディアの可能性

木村さんは、20歳のころ、ラジオDJになろうと、地元札幌のタレント養成学校に入った。「校長先生が、タレント養成もしながらコミュニティ放送のプロデュースや街づくりの情報発信も教えるという人でした。ちょうど、札幌のコミュニティ放送の立上げをきっかけに、トレーニングの一環としてコミュニティ放送に関わるようになったんです」。そこで番組制作やグルメレポーター、イベントの司会をこなすようになった。

「街角レポーターのときは、携帯電話に発信機とマイクをつけて、それで玄関をガラガラッ、「こんにちわー」と1人で飛び込みで携帯電話の電波を使った電話中継をしていたのですが、全部自分で企画することが面白くなっちゃって。結局レポーターは、台本を渡されて台本どおりにやるだけの操り人形だということが、だんだんわかってきたので、テレビよりコミュニティ放送でいこうと思ったんです」。

インターネットでの情報発信の可能性を感じ始めていたとき、横浜で開催された市民メディアサミットを知る。翌年2007年札幌での市民メディアサミットでは、事務局を務めた。「札幌には400名以上が参加し、全国の市民メディアとつながりができました。交流を深めるためのバスツアーなどを企画運営する一方、2008年の洞爺湖G8サミットに向けて、メディアの役割について話しあう分科会があったんです。メディアの国際的な運動やグローバリゼーションに対抗する運動などの話を聞いて、とても興味を持ちました」。

その後、G8と対抗運動を取材する独立メディアのためのメディアセンターを運営する「G8市民メディアセンター札幌実行委員会」の副実行委員長を務めた。

街づくりのコミュニティ放送やミニコミ誌の編集などをしながら方向性を決めかねていたところ、2009年に京都での市民メディア全国交流集会に参加。直後には韓国のメディア活動家のスタディツアーに加わる。「韓国には、国の予算による市民が情報発信できるシステムがあり、移民の人たちが自分達の文化を伝えるラジオやテレビ番組を放送したり、自ら映像や番組を作って発信する無料講座までありました。市民の情報発信を目の当たりにして、その可能性追求しようと東京にいく決心がつきました」。

上京後、G8メディアネットワークなどで知り合った「NPO法人 アワープラネットTV」のフェローシップとなる。   「アワプラは、NPOで独立メディアを成立させているうえに、社会的に意義のある情報をしっかり作っていて、市民メディアのなかでも、すごいといわれていました。でも、私の札幌での経験は役にたたず、アワプラでは何もできなくて…」。木村さんは、地域の街づくりをベースにした市民メディアと、NGO的な独立メディアでは、企画の立て方も番組制作もまるで違うことにとても悩んだ。「アワプラは、市民メディアでも、地域というより、東京の、日本のという大きな範囲での社会問題に向かっていた。カッコいいとは思いましたが、私は市民メディアの中でも地域密着型、例えば近くを歩き回ったり、目の見える範囲の人に話を聞きながら、一緒に活動することを大事にしたかった」。

そして、2009年、横浜開港150周年記念の開国博Y150で横浜の歴史を残す写真投稿サイトなどの運営を手伝ったことから、ポートサイドステーションに携わるようになる。

●地域に密着することから街づくりを

木村さんは、昨年からデモの映像を撮りためている。単純に人が声をあげながら街を歩く様子に、人が生きる熱っぽさを感じるのだという。

「デモの中で人が生き生きとしているのを見て、胸が熱くなり、デモに惹かれていましたが、今は少しずつ変わってきています。横浜にきて知り合いが増え一緒に放送して活動している中で、デモに行ったときと熱としては結構近いものがあるなと感じるんです」。

今年夏には、日本のイルカ漁に批判的な映画『ザ・コーヴ』の上映を支持する会も立ち上げた。
「私は映画館のすぐ近くに住んでいて、通勤の途中に自転車で通ったり、伊勢崎町の商店街の雰囲気も街に小さな映画館があることも好き。その映画館で働いている人や近所に住む人も気になっていた。そこが攻撃されているとなったら守りたいとなりますよね。街にあるもの、街の風景や歴史、いろいろなものが面白くて。札幌を出た時点で、NPOや街づくりに対して疑問を抱いていたのですが、流れ着いた横浜で、私のしているのは街づくりに近いのかもしれません」。人を通して街を見て、街に根ざして生きることについて考えてしまうという木村さん。横浜のそれぞれの場所にまつわる歴史やエピソードを聞くたびに、その土地の歴史の深さに圧倒されるという。

「戦争というとピンとこなくても、GHQのマッカーサーがニューグランドホテルに滞在したことや、山下公園に米軍がいたという話を知ってからそこを歩くと、知らなかったときとの感覚の違いに、ガツンと頭を打たれるような気がします」。

●伝えられる人を増やしたい

木村さんは、現在、女性センターで若年層女性の就労支援のためのガールズ講座の講師も務めている。参加者は、10代から30代の働きづらさや生きづらさに悩むシングル女性。親の離婚や暴力といった家庭内の問題、いじめ、勉強や職場の人間環境につまづいた、依存症、うつ…といった子たちの心と身体をときほぐすために、声と呼吸とリラックスの講座、ツイッターや映像編集制作の講座などを行っている。


横浜市の男女共同参画センター横浜(フォーラム)で開催された「ガールズ講座」での「声と呼吸のリラックス講座」。

「女の子が引きこもっていても、家事手伝いで片付けられて問題にされない。家から出て社会に出たい女性たちに、発声や呼吸法を行ったり、パソコンでブログやツイッターで表現することを教えていると、人とつながりができていくんです」。

今年の6月には、木村さんがミキサーや台本づくりをサポートして、ガールズ講座の卒業生3人が、現代の生きづらさをテーマに「ラジオガールズ」というラジオ番組をつくった。また、ガールズたちの就労支援をする「ウェブカフェ」というコミュニティカフェも戸塚にオープンした。

インターネットを介したつながりだけではなく、地域や近所の顔を見ながらの関係の方が好きという木村さん。「インターネットはあくまでも人々に伝えるツール。人と人とのコミュニケーションをもとに、インターネットを一緒に使うことで少しでも繋がりが何かに変わっていけばいい。女性に限らず、困っているけれど発信できないとか、周りは誰も伝えないけれどこんなものがあるとか、マイナーでもいい、自分なりの表現を伝えられる人を増やしていきたいですね」。

インターネットの技術で一般市民が手軽に放送できる今、マスコミからの受身ではなく、地域の暮らしに根付く情報を自ら発信することで、再認識できることは多い。人と人とのつながりを大切にしながら、街に根づく歴史や市民の活動を伝え、残していく木村さんの今後に期待したい。

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木村 静さん
札幌出身。横浜市民放送局・ポートサイドステーション(http://portside-station.net/)をメインに活動する、フリー・メディア活動家。G8市民メディアセンター札幌実行委員会に参加。横浜を中心に、政治・経済・アート・歴史・イベントなどを精力的に取材し放送している。

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2010年11-12月号に掲載されたものです。

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