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日本とアジアの関係のなかで社会の価値観の変化を見続ける

06.07.2012 · Posted in Interview

ジャーナリスト スベンドリニ・カクチさん

●社会の価値観の変化を追う

「自分のお金を稼ぐことだけが人生という人が多い。しかし、自分の利益はハートを大きくして社会に還元しないといけない。社会の価値観は、ファイナンシャル・キャピタルからソーシャル・キャピタルに移ろうとしている。日本は、この変わり目をどう考えるべきか。今後、社会の価値観がどう変わっていくかを追いたい」。

スベンドリニ・カクチさんは、スリランカ出身のジャーナリストである。90年代から今まで、アジア人の立場から日本とアジアの関係をテーマに取材活動を続けてきた。2~3ヶ月ごとに、タイ、バングラデシュ、スリランカ、フィリピンなどアジアを訪れ、取材と現地でのトレーニングやワークショップを行い、ジャーナリストの養成を行っている。

 

●アジアのなかの日本

カクチさんは、スリランカの大学で法学を学んだ。父親まで3代続く弁護士の家庭に育ったが、ジャーナリストになりたくて、友人の多い日本の大学で学び、帰国後、新聞記者となる。当時女性記者は、文化・家庭・ライフスタイル記事の担当だったが、国会担当記者のアシスタントとして報道に携わるようになり、女性初の報道記者に。その後、国会や日本とスリランカとの関係を担当するようになった。

「報道記者になった当初はデスクもなく、誰にも相手にされず、女性なんて何もできないだろうという扱われ方でしたね」。
4年間勤めた後来日し、共同通信、IPS通信社などで、アジアと日本の関係について取材をしてきた。

「アジアは、リッチな日本から経済、技術、経営などさまざまなことを学んできた。バブルが崩壊しても日本は世界で2位の経済大国。ODAなど日本からの資金でどのようにアジアを発展させるかという雰囲気だった。一方、日本はアジアにはあまり興味がなく、欧米にしか目が向いていない。おらず、日本人の国際化とはアメリカ化のことなのだと感じた」という。当時、女性でアジア人ジャーナリストは珍しく、また、南アジアは日本から遠い存在で、日本の社会でもジャーナリストの世界でも、アジアの記事は重要視されなかったのだという。

 

●今後、日本がどう変わるか

日本とアジアの関係は、この10年間で変化し、パートナーシップを結びつつある。同時に、アジアのジャーナリストも増え、カクチさんのように日本を理解しつつ、もっとアジアのことを伝える必要があると考えるジャーナリストも多くなってきた。

「以前アジアにとって日本人はただの金持ちという印象で、日本人が何を考えているのか、日本の女性はどんな人生を歩もうとしているかなど、日本の文化や日本人の心を理解しようとしなかった。しかし、アジアも日本と同様に男性社会で、女性には女性らしい生活がある。それほど、日本とアジアとは違いがないのではないか、ということを伝えています」。

ただ、日本はまだまだ国際化には程遠いというカクチさん。その理由は、「日本にいるのはほとんどが日本人。だから、国際化といえる状況になかなか届かないのだと思う。言葉の問題もある。人種も宗教も多様で、植民地の経験を逆に活かしてきたアジアの方がはるかに国際化の経験がある」。異文化とやりとりするには、表面的なつきあいではなく、本音でぶつからないといけない。日本はそういう意味では経験不足なのではないだろうか。

「日本は、いつまでも、自国のスタンダードを押し通そうとしているから無理がある。日本のスタンダードは、世界のスタンダードではありません。そこを変えられるかどうかが、今後の日本に大きな影響を与えるのだと思いますが、日本には変える必然性を感じている人がまだまだ少ないような気がします」。

日本の学生がネパールの学校訪問の際、アドバイサーとして同行。

 

●震災後の日本の行方

カクチさんは、スマトラ沖地震で津波の被害にあったスリランカを訪れ、津波から後7年後の状況を取材した。そこでよく聞いたのは、「政府は頼れない。自分たちでやるしかない。個人ではなく、コミュニティの力を強くすれば政府とも交渉できる。市民の力をつけるしかない」という声だった。

スリランカでは、髪の毛が長く、サリーのような長い生地の服を着ているため、津波に巻き込まれ多くの女性が被害にあった。災害がきっかけとなり、女性たちが人権や財産などについて法律の勉強をするなど、女性たちの市民運動は大きくなっていった。

一方、日本についてカクチさんは、「震災復興のなかで、以前に決められた方法をそのまま実行しているだけで、国民の生の声をあまり聞こうとしていない。福島で子どもたちの疎開をいくら訴えても政府は聞こうとせず、安全広報に力を入れるだけ。農家の人は移動して農業を続けたいのに、補償金を与えて我慢させている。もっと様々なニーズに応える方法があってもいいのではないか」と国民の支援より財政優先の政府の考え方施策を指摘する。

また、日本は政府のリーダーシップが強い一方、市民運動も少なく、NGOもあまり力がない現状に対し、「スリランカの人々は、元々この国の政府に頼っても仕方がないとわかっている分、自分たちの力をつけるしかないから市民運動が盛り上がった。日本は元々市民運動が少ないうえに、社会が育てようとしていない。そのなかで、震災以前より反原発運動が活発になったのは良かったと思う。
これからどのように東北が復興するか、東北がきっかけで日本が変わっていくか、日本が国際化するか、きちんとお金を使うかどうかを見届けたい」と語った。

スリランカの内戦で避難した貧困女性たちの自立支援活動の様子。

 

●これからの社会の仕組み

カクチさんは、ジャーナリスト活動の他にアジアと日本をつなげるプロジェクトを立ち上げようとしている。今までのように日本の技術やデザインを基に単にコストが安いからアジアで生産するのではなく、作り手の価値観や本質を理解したうえでのモノづくりである。

「これからは、作り手の暮らしや環境などが良くなり、そして社会も良くなるといった社会的なメッセージの付加価値をソーシャルコストとして考えた商品を考えるべきです。ただ高級っぽくて完璧な商品であればいいという時代ではなくなってきている」。

また、欧米政府の財政が悪化するなか、政府間のバラマキ型援助ではなく、特定の村に直接援助したり市民に投資して援助の代わりにビジネスを促進するという方法が現れているのだという。

「100円を募金箱に入れただけでは社会は良くならず、貧困ばかりが増えていく。この状況をそれを変えないといけない時期にきている。それを多様な形で様々な人がやるしかない」。その点で、アメリカは様々なアイデアを持つ人が、起業したり個人で実現させる体制が整っていると評価する。

「アメリカもインドもシンガポールも、多様な人種が存在する国。アイデアも発想も多彩。移民の多さがビジネスチャンスや社会の懐の深さを育む。日本にはその発想がないのが残念。日本は移民を受け入れることをマイナスにしか考えていない。日本の安定志向が脚を引っ張っているんじゃないでしょうか」。

日本からの留学生を見ると、「日本の若い人は受け身。海外から学ぶこと、得られるものだけを期待して行くという感じ。教えてもらう勉強ばかりしていないで、ハートを大きくして、もっと現地に溶け込んで、自分は社会に何を与えられるのか、アウトプットを考えるべき。アウトプットできるようになることが、市民力を上げることにつながります」。

震災で今までの価値観を見直した人は多いだろう。また、欧米の経済危機やBRICSの発展を見ると世界が変わる予感を感じている人も少なくない。カクチさんが指摘するように、社会の価値観が変わろうとする時代に、自分の利益だけでなく、得たものを社会や他人に還元することを考えながらバランスよく生きることが、今後の多くの人の課題になるのではないだろうか。

 

スベンドリニ・カクチさん
ジャーナリスト。スリランカのコロンボ大学法学部で学ぶ。上智大学外国語学部に留学後、81年に帰国し、ジャーナリスト活動をスタート。セイロン・オブザーバー紙、共同通信外信部を経て、現在は国際通信社IPS日本特派員。1997年ハーバード大学留学、アジアと日本との関係、環境、マイノリティ、ジェンダーなどをテーマに取材活動を続けている。著書に「あなたにもできる災害ボランティア—津波被害の現場から (岩波ジュニア新書)」がある。

 

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2012年4月号に掲載されたものです。

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