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社会的包摂の観点で社会的弱者を支援

03.02.2013 · Posted in Interview

NPO法人インクルいわて 理事長 山屋 理恵さん

●個々の立場にたったパーソナル・サポート

「ひとり親で困っている人たちは様々な問題を抱えており、就労や生活保護といった単純な方法では解決できません。いろいろな制度やサービス、人や資源をコーディネートしてオーダーメイドの支援をつくっていく、パーソナル・サポートの考え方がとても大切です」。

インクルいわては、弁護士、助産師、女性センター、保育士、教師、女性支援、生活困窮者支援、障害児支援などのメンバーが、生活支援・就労支援・子育て支援を三本柱に、ひとり親の支援を行なっている。インクルいわての「インクル」とは「inclusion=包摂」の意味で、離婚やDV、被災からの生活の立て直しや就労までのサポートを行う「中間就労」、当事者の交流とピアカウンセリングを行う月1回の「シングルマザーズ・カフェ」、ひとり親の子どもたちのための定期イベント「おひさまクラブ」の他、シンポジウムや支援者養成講座を行い、支援のネットワークを広げている。

 

●縦割行政ではできない支援

山屋理恵さんは、盛岡市非常勤職員として8年間、多重債務や契約トラブルなどの相談窓口を担当してきた。「相談者の抱える問題は契約解除また、被害金額を取り戻した、債務整理したから終わりではありません。多重債務問題を抱える背景には、病気や障害、生活困窮や虐待などがあり、それらの根本的な問題をなんとかしないと、また同じ状況に陥る可能性がとても高いのです」。

岩手は、高齢者や障害を持つ人、職がなく困窮している人も多く、自殺の多さも青森、秋田、岩手の東北三県で毎年ワースト3を争うほど。多種多様な問題を解決するには、行政の単一部署では完結できないため、山屋さんは他部署とつなげる庁内連携に動いた。

「生活困窮で収入が基準以下なら福祉・生活保護、DVは女性支援、それぞれの問題解決のために庁内で情報を共有し包括的な支援体制をつくりました。すると喜ばれるだけでなく、相談者・またその家族の生活が落ち着き、同じ問題を繰り返す事態を防ぐことができるようになったのです」。

縦割行政に疑問を持つ人とともに成功事例をつくっていくと徐々に認められ、山屋さんたちの盛岡市消費生活センターの活動は全国からも注目されるようになり、国の多重債務対策プログラム、消費者庁設立の際にも参考にされた。

「庁内外、例えば弁護士、裁判所、社協と連携すると、少しずつネットワークが広がっていきました。でも困窮者やDVから逃げてきた母親が自立するには、どうしても仕事と住宅の支援が足りない。どうにかできないかと思っているときに、パーソナル・サポート・サービスという内閣府のモデル事業の発足を知ったんです」。

山屋さんはボランティアでホームレス支援にも関わっており、背景にある格差や貧困問題についても、パーソナル・サポート・サービス事業に関わるほうが自由に的確に支援できるのではないかと考えた。大学の教員や学生、連携関係者と研究会を立ち上げ、活動していた頃、東京での多重債務者支援・セーフティネットを考える日弁連のシンポジウムに行政の消費生活相談事例を報告するために登壇した。その翌日から参加していた研修で東京滞在中に3・11を経験した。

「ちょうど研修中にパーソナル・サポートの募集がかかり、震災直後、沿岸の被災地の消費生活相談の仲間からSOSのメールが入ってきたんです。何かできないかと考え、このままだと沿岸部の被災地支援活動はできない。柔軟な被災地支援のためには市職員を辞めるしかない」と決心し、パーソナル・サポートに応募した。


2012年12月に行われた「インクルX’mas会」

 

●震災後、困っている女性が見えない

パーソナル・サポートで被災地支援をするなか、女性からの相談の少なさに違和感を感じた。
「今まで、借金やDVなど女性からの相談が多かったのに、震災後、困っているはずのシングルマザーやDVで隠れている人たちが見えてこない。これは、何か、あるのではないか」と考え、シングルマザーや女性被災者が安心して集まれる環境をつくろうと、弁護士、助産師たちと、2011年10月に「インクルいわて」を結成した。NPO法人認定後、3月に「お茶っこサロン」を開催した。

「震災で困っている女性は潜在的にいるはず。岩手では、シングルマザーとして呼びかけると参加したくても来られない人がいるため、“ひとり親の女性”と“被災した女性”として呼びかけると、15人ほどが集まりました」。

岩手は都会と違って結婚後も働こうとすると、姑に「みっともない」と止められる場合が多い。離婚した母親ひとりの子育ては、自分勝手で我慢のできないわがままな人というレッテルが貼られ、女性だけが悪者扱いにされることもある。シングルマザーが、高齢者に子どもを預けて一生懸命働いていても、子どもに向かって「ひどいお母さんだよね」と平気でいう人がいる。

「団体の最初の活動は、偏見との闘いでした。岩手の女性は昔から一歩下がって男を立てて我慢しているのが美しいという“我慢の美学”を刷り込まれているため、女は我慢して当たり前、殴られても我慢という意識が男性だけでなく高齢の女性にも根強い。確かに我慢は大切ですが、女性だからと犯罪や暴力行為に我慢する必要はありません。自分で選択をした生き方を阻まれる理由は、どこにもないはずです」。

6月には、相談会、食事会、カフェ、ハンドマッサージなどを楽しめる『インクルフェア』、7月にはシンポジウムを開催。8月の4日間連続の支援者養成講座では、父子家庭、生活保護、母子家庭就労支援といった幅広い内容を網羅し、全国から1日70人平均での参加があった。

「もっと早くにやっておけば、震災後もっと対処できたのではと反省しています。ひとり親の問題は、震災で顕在化しただけで平時から潜在的に存在していた。あらゆる地域で考えてほしいと訴えていきたいと思います」。


母親の癒しと交流を目的に、カネボウ化粧品の協力により開催されたハンドケア講習会。

 

●社会的包摂の観点にたった支援

インクルいわてが現在行っている中間就労支援では、震災やDVによって外に出ることが怖いといったすぐに仕事ができる状態ではない人たちに「インクルーム」に通ってもらい、就労にたどりつく前段階までをエンパワメントしている。

「私達のパーソナル・サポートは生活の安定・就労が終着点ですが、虐待やDVにあった人や震災で家族を亡くした人に、いきなり仕事を紹介して仕事を始めたとしても続けることは難しい。そういう人たちにとって、朝同じ時間に起きて子どもに食事をさせ、託児所に預けて出勤するまでが大変な仕事。まずその練習からです。人を信じたり体調を整えたり心身の状態を回復させ、落ち着いて毎日を送れる状態になるまでが大切です。DV被害を受けた人、精神を病む人がどれだけ多いか。力のある普通の人からすれば甘いといわれるかもしれませんが、このような支援が必要な人が山ほどいるのが現実です」。

研修では本人の体調をみながらパソコン指導も行なっている。インクルいわてには弁護士、助産師、女性センター、養護施設など各分野の協力体制があるため、安心して通っているうちに体調も整い、仕事探しを始めたり求人に応募する人も出てきている。

社会的包摂サポートセンターの『よりそいホットライン』は、2011年10月から被災地で始まった国の事業で、被災、仕事、お金、心、法律、職場、住居、DV・性暴力などあらゆる悩みを24時間受付の電話相談で、昨年3月からは全国に広がり、毎日4万件ものアクセスがある。山屋さんは、『よりそいホットライン』の東北6県をまとめるコーディネーターも担当している。

「『よりそいホットライン』では、フットワークのよい民間の草の根の支援のネットワークで同行支援も行なっています。声をあげづらい弱者が排除されないような、生きやすい社会をめざすのは、インクルいわてと同じ全員参加型の社会を目指す考え方です。様々な分野のネットワークのパスがつながって支援の網の目が細かくなれば、被災地への助成や支援者がいなくなっても、地元の人たちの支援のネットワークが残っていきます。それが一番のセーフティネットになる。そこに希望を託しています」。

震災・不景気で貧困・格差問題はクローズアップされてはいるものの、行政も民間も社会的な支援、排除リスクの高い、声を出せない人々への支援は全く行き届いていない。山屋さんのような社会的包摂の考え方が浸透し、どんな人にとっても有効な支援のネットワークがつながっていくことを期待したい。

 


山屋理恵さん特定非営利活動法人インクルいわて
http://incluiwate.blog.fc2.com/)理事長。
2004年、専門相談員の資格を取得し地方自治体の消費生活相談に携わり消費者の権利の尊重と自立支援と生活再建を目指し、庁内外との連携を重視した取り組みを行った。2008年、岩手県立大学社会福祉学部コミュニティーカウンセラー単位取得修了後、同大学地域課題研究として職種や縦割りを超えた多分野で構成される多重債務者支援研究会を設立。2009年から岩手県いわて地域支援人材ファンドアドバイザーも務める。2011年4月からはパーソナルサポーターとして、生活困窮者・被災者支援を行い、同年10月ひとり親家族への支援団体「インクルいわて」を設立。2012年2月より「よりそいホットライン」中央盛岡責任者・東北コーディネーターを務める。

 

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2013年3月号に掲載されたものです。

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