なんでも”もらおうとする”人が多すぎる
勉強は与えてもらうものではなく、自分でするもの。
仕事も与えてもらうものではなく、自分でget、あるいは、自ら作るもの。
どこかに所属していたら、仕事を与えてもらえて、給料もらえると思っている。
仕事は、目の前にある仕事をこなすことより、仕事をとってくるほうが難しい。
結婚したら夫が給料を運んでくれる、養ってくれると思っている。
なんでももらっているのに、環境が悪い、待遇が悪い、と文句をいう。
他人の土俵に乗っかって楽しようとする人が多すぎる。
先日見ていたテレビで、
バスの運転手になりたかった人が、
大学進学し、企業経営を学び、
結局、自分でバス会社をつくって、
バスの運転手をしている、というお話を知りました。すばらしい!と思います。
芸能人にしても、技術者にしても、なんにしても、
「させてもらおう」「給料もらおう」と思ってると、
思うようにならないことが多いです。
なぜなら「してもらおう」と思うと、
首根っこをつかまれるからです。
そして、されます。いやなことも。でも、「する」と力がついて、できるようになります。
有名芸能人になりたいから、どこそこプロダクションに入りたい!
という人が少なからずいるようですが、
有名になれるかなれないかは、本人の努力次第です。
有名にさせてもらおう、なんて、思うのは大間違いです。なぜ、「させてもらおう」という思考になるのか?
それは、
ちゃんと勉強して、
いい学校にいって、
いい会社に入ったら、安泰だよ。
という指導に原因があると思います。これは「言うことを聞いて、相手の条件を満たしたら、相手がいいことをしてくれるよ。」と教えているだけです。
これは、究極の「してもらおう理論」であり、
「雇われるための理論」です。学問とは、誰かに評価されるためのものではありません。
学問とは、社会の問題を解決するためのものです。会社とは、言うことをきくとお金がもらえる場所ではありません。
会社とは、仲間と力をあわせて、社会の役に立つためのものです。評価してもらおう。
お金をもらおう。この「してもらおう理論」の人達は、
どんな問題に直面しても、自分で解決できません。
問題を先延ばしにしたり、問題から目を背けたりするしかないです。
なぜなら、自分でする、ことを学んでいないからです。「俺には夢があった。
でも、金がなくて進学できなかったからあきらめた。」
と、飲み屋で愚痴を言う大人が、わりと沢山いますが、
「それって、教えてもらわないと学べなかったの?」
「それって、自分で本を読んで学んじゃだめなの?」
と、僕は疑問を感じます。できないいいわけの大半は、やらないいいわけです。
でも、そんなの、なんぼ考えたって、
結局は「無」です。でも、できるいいわけを考えたら、
どんどんできていくのです。子ども達を「してもらおう理論」で汚染しないでほしいです。
僕らは、本当は、なんでもできるのだから。なせばなる。
なさねばならぬ、なにごとも。
なさぬはひとのなさぬなりけり。やればできるよ。
やらないとできないよ。なんでもさ。
できないのは、自分ががやらないってだけのことさ。です。