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護身術プログラムで女性に自信を与え尊厳を守る

02.07.2012 · Posted in Interview

NPO法人ライフライツ 代表 森山 奈央美さん

●アメリカ生まれの実戦型プログラム「インパクト」

「日本の社会は、女性が自分で自分を守ることをよしとする価値観があまりないし、女性自身も自分の安全を優先させる意識が希薄。自分で自分のことを守れるなんて想像もつかないのかもしれない。でもそれが可能だということを知ってほしい」。

森山奈央美さんは、「インパクト」という女性のための護身術プログラムの普及を通して、女性が自ら尊厳を守る大切さや意識の啓発を行っている。

「インパクト」は、1971年に米国サンディエゴで武道有段者の女性がレイプされたことをきっかけに生み出されたセルフディフェンスプログラム。加害者がどのように襲い、女性や子どもは何ができるのかをデータ分析して作成された、現実に即した実戦型プログラムである。講習では、習ったことを暴漢役の男性講師に全力でファイトして相手をノックアウトするところまで実践して身につけるのが、他の護身法とは全く違うところだ。現在は、全米各地の他、カナダ、イギリス、イスラエルなどに支部がある。


護身法ワークショップの派遣講習の様子。

 

● 女性の潜在的な不安を解放

森山さんと「インパクト」との出会いは、何気なく地域の広報誌を見て、護身法ワークショップのクラスを受講したことに始まる。運動にも縁がなく、軽い気持ちで参加したところ「自分で自分を守れるって、なんて気分が良いんだろう!」とプログラムに惚れ込み、すぐにボランティアとして手伝いを申し出た。

「小学生の頃から、『自分が女性でなければ、こんなことを言われなかっただろう、されないだろう』という経験を何度も感じ、くすぶる気持ちがあった。女性で『私は男性より腕力に自信がある』という人は稀で、女性は腕力に対して潜在的な不安感を持っています。そういう不安感に気づいている人もいれば気づいてない人もいて、女性の行動や考えをどこか無意識のうちに制限している。この講習を受けたことで、それに気づかされたと同時に、心のなかの制限が外れたんです。それは、自分を守れるという自信がついたからだと思います」。

講習のアシスタントや事務などを経て、2007年に代表を引き継いだ。前代表の話では、昔はこの講習を受けることを誰にもいわず、身構えている人が多かったが、最近は気軽に参加するようになり、10代から60代までと幅広い。

「女性って、怒りや不満に蓋をして見て見ぬふりをしたり、溜め込んでしまっている人も多い。そのままにしていると、やりたいことが分からなくなったり意欲が低下したり負の連鎖になる。意識して自らを解放することが大切だと思います」。

 

●社会の無理解が二次被害を生む

森山さんは、以前ある女性に「被害を受けた人向けに講習をやらないの?」といわれてカチンときたことがある。
「あなたが被害を受けていて、『これは、被害を受けた人用の講習ですよ』といわれて受講したいと思う?」と返した。なぜ、分ける必要があるのか、ただ関心があればいい。その鈍感さが暴力を「他人事」にし、二次被害を生む現状がある。

多くの人は3万人ものDV被害者を特殊な人たちだと思い、性被害に遭った人の落ち度を探そうとする。

元女性警察官だった『インパクト東京』のスタッフは、「何度も性被害の現場を経験したことがあるが、そういう現場にいくと、本当に普通の私達と同じような暮らしをしている人が、ある日突然、理由もなく被害に遭う。いつ自分がそうなるかわからない。」と言ったという。

「講習には、過去にちょっと嫌なことがあった、実はDVを受けている、近所で物騒な事件があった、ただ興味があって、など本当にいろんな人が参加する。そういう経験のある人とない人では、変に気を使ったり相互理解が難しいと思われがちだが、参加者たちは、そんな垣根をごく自然に越えている」と森山さんはいう。

講習が進むにつれ、親しい人とも話さないようなことを話す人もいて、心の深いところで共感しあい、誤解や偏見がなくなっていく様子を実感するという。それはプログラム内容のなせる技なのだろう。


暴漢役の男性講師を相手にファイトするセルフ・ディフェンスプログラム「インパクト」。

 

●東北被災地での講習

「インパクト東京」は、阪神淡路大震災のときに起こった女性への性暴力事件をきっかけに1997年に立ち上げられた団体「フェアウィンド」が前身である。今回の東日本大震災においても、岩手県遠野、山形県、仙台で講習を行った。

「地域にもよりますが、東北の人は奥ゆかしく控えめで相手との関係性をとても大事にするため、NOをいうことにすごく抵抗がある人も多い。自分の身を守るときに一番大事なことはNOをいうことですが、いえなければ自分を守ることはできません。仙台のある人に『東北で性的な嫌な目にあったことはありますか?と質問すると、みんな「ない」って答えるはずですよ』といわれた。地域性はあっても、このプログラムで学び、自分で自分を守っていいことに気づいて楽になれる人が増えて欲しいと思います」。

一方、被災女性を支援する人への講習は、支援者自身のスキルアップになっている。なぜ暴力が起こるか、なぜ女性がターゲットになりやすいのか、加害者は何が目的なのか、といった基本的な暴力についての知識がつき、仮設住宅回りの際に密室化したDVなどにアンテナを張れるようになれる。また、支援者自身のバーンアウト予防にもなる。

「支援者は共感能力が高いため、被災者との境界線があいまいになり、相手の人生まで背負って不可能なことまでなんとかしようとして疲弊して、バーンアウトしてしまう人が少なくない。講習によって境界線を引くことを意識するようになれば、自分の役割がより明確になります。支援者自身が自分を守る方法を知ることで、安心感をもって活動に臨めますし、自尊感情も上がるため、バーンアウト防止にもなります」。


昨年12月に仙台で実施した助成事業「女性支援者のための安全研修」。

 

●自分を守るには、知識・意識・技術が必要

森山さんは、女性が自分を守るには、知識・意識・技術の3つが大事だと主張する。

まず、正しい知識が入ると問題が整理でき、自分が悪かったのではないと気づくことができる。また、間違った知識のうえでの対処法は間違った対処法であり、正しい知識の上にしか有効な対処法が成り立たない。こういった作業を通じて意識が変わってくる。

「自分を大事だという意識があれば守りたいと思えるが、自尊感情が低く『私って、ダメな人間』と思っているときに人に嫌なことをいわれたら『やっぱり自分がダメだから、そんなこといわれるんだ』と感じ、暴力や侵害を受け入れやすくなってしまう」。つまり、どんな素晴らしい技を完璧に身につけていたとしても、意識がないとその技を的確には使えない。

そして、知識と意識だけでは、人の行動は変わらない。「具体的な行動を起こすには、具体的な技術を身につけることが必要。知っていると、使ってみようか、となる。この3つの連携がうまくとれてないと、自分を守ることが難しいと考えます」。

社会の意識を変えるには、男性の賛同者がいないと広がっていかない。そういう点で東日本大震災は、この問題を考えるきっかけとしてチャンスでもある。

「講習は女性限定ですが、各種勉強会やシンポジウムには男性参加者もいる。女性が日常何を感じているか、DVなどが起こる理由や土壌となる社会問題などについて話すと、男性も理解が深まり、『インパクト』の講習を彼女や妻に薦めた人もいる。性暴力は、差別意識を改めない限りなくならない。女性はもちろん、男性を巻き込んでいくことが問題解決のカギとなります」。

暴力は大きなダメージを与える。その前に正しい知識を身につけ意識を変えることで、かなりの被害の芽を摘むことができる。そして護身術という技を身につけ、しっかりと自分の足で立ち、安心して堂々と人生を歩む人が増えることを望む。

 

森山 奈央美さん
NPO法人ライフライツ(http://impactokyo.net/)代表。
2005年、女性向け護身術プログラム「インパクト」体験講習を受講したことをきっかけに、『インパクト東京』の活動に参加。2007年から代表。定期講習会をはじめ、男女共同参画センターや任意団体、PTAなどへの派遣講習を行い、「インパクト」プログラムの普及と女性が自分で自分を守ることの啓発を行っている。

 

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2012年2月号に掲載されたものです。

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