なぜ、人を疑うのか
なぜ、人を疑う?
疑うのは、相手のせいではなく、
自分の心のせい。
疑うとき、自分の何がそうさせるのか、
よく見つめると、何かに気づくのではないか。
なぜ、人を疑う?
疑うのは、相手のせいではなく、
自分の心のせい。
疑うとき、自分の何がそうさせるのか、
よく見つめると、何かに気づくのではないか。
出逢える人は、素晴らしい人ばかりではない。
アホな人、「なんだこいつ⁈」という人、修羅の道歩んどるなって人など、いろいろ。
まともに関わっていたら、魂がすり減る。
サラッと受け流す力、とても大切。
自分のエネルギーは、有意義に使いたい。
子どもは社会の鏡。
子どもが生きづらい社会を作っているのは、大人。
社会で育みべき子どもを、大人が放置している現代。
子供が努力しないのは、努力が報われない社会だから。
子供が勝負しないのは、負けたら終わりの社会だから。
子供が信用しないのは、裏切るのが当然の社会だから。
子供が挑戦しないのは、夢を馬鹿にされる社会だから。
子供が成長しないのは、責任を押し付ける社会だから。
12月14日の選挙。
案の定、自民党の圧勝。出来レース感が半端ない。
そういう結果を出したのは誰?
どうせ〜といって選挙に行かなかった奴。
こういう奴らが、日本をダメにする。
文句だけ一人前にいって選挙にも行かないって、
どういうつもり?
参政権があるにも関わらず意思表示をしないで、どうする?
ただの1票だって、意思表示しないと、国民の声は届かない。
できることから始めないと!何も変わらないんだよ。
小林よしのり氏の論。
口汚いと思う方もいるかもしれないが
納得できる言葉でもある。
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『選挙は究極の選択である』
(2014年12月13日)
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タクシーの運転手に
「アベノミクスの恩恵はありますか?」
と聞いたら、全然ないと力説する。驚いたのは、
あれは株を持ってる富裕層か、
輸出向けの企業のためだけの政策で、
我々庶民には関係ないなどと、
アベノミクスの批判を徹底的にする。よく知ってるなあと感心しながら、
「ほお、ほお、やっぱりそうですか。」と
知らぬふりして聞いていた。運転手は
「日本はもう悪くなる一方ですよ」と
悲観的なことばっかり言う。
(さらに…)
知らない人に どう思われるかを気にしてもしょうがない。
よく知らない人やどうでもいい人に 嫌われても 何の問題もない。
自分にとって大切な人、尊敬すべき人、は意識すべき。
でも、それ以外の人の評価や意見は、その人にとってどうでもいいこと。
多くの人の目を気にして生きるのは、自由を失うだけ。
ひとつの現象をどう捉えるか、
捉え方ひとつで、自分の感情の動きも変わる。
そうやって変えられるのが人間の能力。
その能力を使うか、使わないかで、生きる道のりが違ってくる。
娘がまさにギャン泣きで、全然寝てくれなかった夜。
(さらに…)
「思考する能力を放棄することは、
人間であることを拒否することと同じ。
思考する能力を放棄した結果、モラルまで判断不能になる。
思考ができなくなると、残虐行為に走る。
思考がもたらすのは知識ではなく、
善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力。
危機的状況にあっても考え抜くことで、破滅に至らぬよう
考えることで人間は強くなる。」
(さらに…)
努力が大切なのは、十分理解している。
努力をしないと、めざすところに届かない。
満足することに出会えない。
しかしもっと大切なのは、
努力の量ではなく、
努力の「仕方」ではないだろうか。
辛いことを続けることが、努力ではない。
選択と集中の大切さ。
断れずにあれこれ選択し、
集中力が分散してくると、気持ちが散漫になり、精神が荒れていく。
選択するとは、捨てること。
よりよい結果を出すには、
選択しないもの、
捨てるもの、
諦めるもの、
手放すもの、
がいかに重要か。
日本語の通じない日本人と話すことほど疲れることはない。