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メンタル面で問題を抱える人たちの 現実的なサポート

09.04.2011 · Posted in Interview

IFF・CIAP相談室副室長・カリヨン子どもセンター理事 平尾幸枝さん

●精神的な問題を抱える人のケア

「メンタル面で問題を抱え、社会から理解されない人がいるのに、そういう人たちに必要な施設や法律が整備されるまで、非常に長い時間がかかってしまう。今、目の前で困っている人はいったいどうなるんだろう・・・と何度も絶望に打ちひしがれてきました。しかし現実社会で気を取り直しながら、今、あるものを使って形にして希望につなげるしかないと考えています」。

平尾幸枝さんは、心理カウンセラー、クリニカル・ソーシャルワーカーとして、精神保健の領域に約15年間携わっている。社会は、医療、福祉、法の整備で最低限の生活や尊厳を守られているように思えるが、実際にはその網目から抜け落ち、苦しんでいる人は少なくない。そういった人たちの問題を見極め、医療や行政の制度に結びつけながら、ひとりでも多くの人が尊厳を守りつつ自立できるためのサポートを行っている。

● バーンアウトしながら全力疾走

平尾さんは大学で社会福祉学と心理学を専攻していたが、その環境や内容に違和感があり、「こういう職業は自分に向いていない」と感じていた。卒業前にカナダの精神障害者のグループホームで約3ヶ月短期研修を受け、様々な現場やソーシャルワーカーに出会い、日本とカナダの医療や福祉の環境のあまりの違いにショックを受け、日本のお粗末さに愕然としたという。

「世間知らずの学生が、勝手に落ち込んでいるだけなのに、カナダで出逢った人たちは、真摯に向きあって話してくれました。それまでは、いかにも世のため人のために献身的に頑張るのがよいことだという空気を感じて拒否感を持っていたけれど、現場はもっと現実的で前向きだと知り、この世界に関心を持つようになりました」。

卒業後、救急指定病院での医療ソーシャルワーカーに就く。緊急や不測の事態に対応せねばならず、目の前の現実にどう対処するか、どう工夫してこの難関を乗り切るかを常に考えていた。

「とにかく鍛えられました。コ・メディカルとして、医師や看護師を中心としたヒエラルキーが確立された中で、『あなたは何をする人なの?』と常に問われるような職種で、今日1日、1ヶ月もてばいいという感じで仕事をしていましたね」。

医師の判断に疑問を呈することが許されない環境や、入院患者が手術に消極的な気持ちに対し、それを受けとめることなく手術を勧める病院の現状に矛盾を感じた。「人に優しくないこの態勢は、いったい誰のための医療・福祉なのか」という疑問がストレスとしてのしかかった。

何度も燃え尽きかけながら仕事を続け、ここで辞めないと自分が潰れると思い、退職届を出した直後に、阪神大震災が起きた。神戸に住む婚約者とその家族が被災し、しばらくは神戸と行き来しながら、共に過ごした。

「なぜ、この仕事をやりたかったか、何をめざしたか、というより、現実的な対処しか考えていなかった。目の前に瓦礫があれば撤去するし、空気が悪ければ窓を開けるし、そういうことをずっと続けてきた積み重ねが、今の自分になっているという感じですね」。


7月13日、東日本大震災の被災地へボランティアに行く慶応義塾大学の学生に対し、事前研修として「ボランティアの心構え」をテーマにしたワークショップでは、講師を務めた。

●DV被害女性シェルターとの関わり

病院勤務時、夫の暴力で死にそうになった人が入院してくることがあり、平尾さんは女性シェルターと連絡をとるようになった。

「とても怯えている人をシェルターにつなげるんです。今度、戻ったら死んでしまうというほど、身体がズタズタで本当に命が危ないのに、結果的に夫のところに戻ってしまう人がほとんど。なぜ帰るのか、大いなる疑問でした」。

本を読み知識は増えても、目の当たりにする度に不思議に思い、女性シェルターの手伝いをしていたところ、精神科医・斎藤学氏のさいとうクリニック・家族機能研究所の開設に参画することになる。

「女性シェルターでは、DV被害の女性の個別の相談を受け、女性の身を守りながら生活支援が受けられるように行政と交渉したり、安全を守るためには時には夫の状況も把握しないといけない。さいとうクリニックでは、配偶者の暴力・児童虐待・思春期の家族内問題、登校拒否・出社拒否、薬物乱用、過食・拒食症、アルコール依存症、ギャンブル依存症などの問題を抱える方を対象に、カウンセリングやデイケアプログラムを行っています。『父がアル中』『息子が不登校』といった障害や問題は、それぞれ生育した家族関係の影響を受けるため、本人だけでなく家族全員をみる視点をもつ必要があります」。

●子どものシェルター

平尾さんが理事を務める『カリヨン子どもの家』は、親子関係のこじれ、虐待などで安全に暮らせない子、児童養護施設での受け入れが難しい子、生育環境による問題が根っこにあって非行・犯罪を起こし、引き受ける大人がいないために帰る場所がない子どもたちが緊急避難するシェルターである。

「大人のシェルターに関わると、大人だけではなく、子どもも虐待を受けているケースが非常に多いため、子どもを守る施設も必要だと感じていました。ただ、親権など法律の問題があるので、医療福祉分野では限界があり、なかなか手をつけられない領域でした。法律の専門家たちが『カリヨン子どもの家』を作ってくださり、必要な資源を拓いていく力に、とても共感しました」。

『カリヨン子どもの家』では、子どもを緊急保護した後、子ども担当弁護士がケースワークも行っている。ここを訪れるのは、自発的にくるか、学校の先生など周囲の大人がキャッチして、児童相談所や子どもの人権110番などからつながってくる多くが15歳~20歳の子どもたち。非行や発達障害など複雑なケースも少なくない。緊急避難用のシェルターであるため長期的には関わることはできないが、短期的な心のケアの必要性から、平尾さんに声がかかった。アセスメント後に医療につなげる場合もある。

「シェルターに保護しても逃げてしまう子もいれば、家庭に戻っていく子もいる。長期的なサポートができにくいなかで、このような安全な場所を経ることで、『自分は生きてていいんだ』『生きていれば、希望につながることがあるんだ』ということを少しでもいいから感じてもらえないか」と考えた。それまで、安心・信頼できる大人に会ったことがなかった子が、ほんの数時間でも子どもらしく楽しく過ごせる時間を持つことで、前向きに生きるきっかけになればという願いから、シェルターを利用する子どものためのデイプログラムを行う『カリヨンハウス』が作られた。

『デイプログラムは、音楽をやりたい子には歌や楽器演奏などの音楽体験の他、おしゃべりや料理、ダンス、学習など、その子がやりたいことをマンツーマンで叶えてあげるプログラムです。親から愛情をもらえなかった子どもたちなので、自分だけに手をかけてもらった体験がほとんどない。自分が生きていていいのだと思わせてもらえなかった子が、無条件に受け入れられることで、何かひとつでも、生きていく希望につながるものを感じ取ってもらえればというのが願いです」。


子どものシェルター『カリヨン子どもの家』にある『カリヨンハウス』では、静かな個室の空間で、マンツーマンで子どものやりたいことを実現するデイプログラムを行う。

● 現実に向き合える心のケア

心に問題を抱えた場合、昔は精神病院のイメージしかなかったが、最近はメンタルクリニックや心療内科など機関や心理相談室などが増え、敷居が低くなった。

「行きやすくなったのはいいことですが、質的にどうかというのは別問題。PTSDや依存症を本人のみでなく、家族や社会も含めた視点で診られる医師は、まだまだ少ない」と平尾さんはいう。まだ課題は多い分野だが、平尾さんが今まで続けてこられたのは、「自分は何かできるわけではなく無力であって、その人の持つ力がちゃんと引き出されただけ。どんなに絶望的な状況があっても、人には素晴らしい力があることを、日々見せていただいていることが一番大きい」という。震災が起き、社会の構造が見直されるなかで、人々をケアしていくには、「目の前にある現実としっかり向きあっていれば、自ずと見えてくるはず」と平尾さんは言う。

震災と原発事故で不安を抱える人が増え、現実から目を逸らす人や、ストレスで自分や他人を傷つけてしまう人もいる。よりよい社会を築くには、精神保健の重要性が幅広く認知されることと、理論だけでなく、現実に向き合い的確に心のケアができるプロの心理職が増えることが望まれる。

平尾 幸枝 さん
IFF・CIAP相談室(http://www.iff.co.jp)副室長・社会福祉法人カリヨン子どもセンター(http://www.h7.dion.ne.jp/~carillon/ )理事。
心理カウンセラー、クリニカル・ソーシャルワーカー上智大学文学部卒,上智大学カウンセリング研究所,CIAP(嗜癖問題研究所)附属原宿相談室他で、ソーシャルワーク、心理カウンセリング、家族療法などの実践的トレーニングを積む。救急指定病院の医療ソーシャルワーカーとして、心理・社会的な総合的な援助のあり方を模索。1995年~民間女性シェルターにて、家族関係、配偶者・親子間の暴力・虐待への危機介入を含む相談・援助活動。1995年9月~医療法人學風会・さいとうクリニック開設時より参画。2001年3月~IFF・CIAP原宿相談室 2007年7月~IFF・CIAP相談室(現職)2006年~カリヨン子どもシェルターでのカウンセリングに携わり、2008年11月~カリヨンハウス(デイ・プログラム事業)開設に参与。

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2011年8月号に掲載されたものです。

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