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災害から見える課題を、社会を動かす市民力につなげる

06.08.2012 · Posted in Interview

災害とジェンダー研究者 浅野幸子さん

●災害とジェンダーの課題を社会に

「平時から存在する、子育てや男女の働き方の問題などの社会構造の偏りは、災害時に顕著に出てしまう。災害時にそうならないように、日頃から社会を見直すと同時に、災害時の対応策について並行でしていかないといけない」。

浅野幸子さんは、阪神大震災、三宅島噴火災の支援経験から得た知識を防災に役立てる活動のなかで、特に、ジェンダー視点に立った災害での課題や市民社会についての研究を重ね、研修やブックレット、政策提言などで実践に使える知識の普及に力を注いでいる。


昨年7月に仙台で行われた支援者向けの研修。

 

●阪神大震災での支援

浅野さんが、大学の卒論を書き終えようとする頃、阪神大震災が起きた。神戸の支援のために、NGOのボランティアに応募し、現地に入ったのが3月頭。さまざまな支援活動があるなかで被差別部落の支援に手を挙げた。

「大学では、地方と都市の権力構造や住民の地域政治が一番よく見えると思ったから環境社会学のゼミを選択し、卒論は、所得格差、政治参画の度合、市民活動の状況などから台東区を素材にして高齢者福祉について書きました。浮浪者も多く山谷もある浅草で育ち、母子家庭で自営業の社会的な脆弱さもよくわかっていたこともあり、格差問題や福祉、市民力にすごく関心があったんです」。

3月に仮設住宅が出来始め、学生ボランティアがどんどん引き上げていくなか、ボランティア関係者からは「孤独死が出るだろう。なんとかしないと」という声があがる。

浅野さんは1週間のボランティアの予定だったが、NGOからスタッフとして働かないかと誘われ、「これは、人生で他に変えられない経験だ」と引き受けた。

「東京育ちの私にとって驚いたことは、神戸市の各区に東京23区のような権限がなかったこと。芦屋のような東灘区と、足立区や荒川区のような長田区を同じ行政が見て、区に財政権限も政策立案権限もなかったら、どうやって復興するんだと非常に疑問を持ちました」。

復興まちづくり協議会に関わり、長田区で200人もの支援をしながら、「毎日、こっそり泣いた。笑えなくなったこともあった。激しくのたうちまわった4年間でした」。

 

●“つなぐ”ことの重要性

東京に戻った浅野さんは災害関係から、東京都生活協同組合連合会で環境問題や消費者問題に取り組みながら、100あまりのボランティア団体を束ねる東京災害ボランティアネットワークの活動にも関わった。

2000年に三宅島噴火災が起こると、避難する島民を支援するための「三宅島災害支援センター」を東京災害ボランティアネットワークなどが立ち上げた。神戸のような孤独死を出さないために、真っ先に行ったのが電話帳づくりだった。社会福祉協議会や保健師などがメモしていた島民の転居先とNTT電話帳にある住所をボランティアがデータ入力して作成し、その宛先にアンケートや新しい土地での暮らしに必要な役所や相談先などの情報をA3のポスター状にして作成し全戸に郵送、また、FAXニュースも送り続けた。

「県外避難のことは、神戸の時も非常に問題になりましたが、三宅島の場合、避難と同時に神戸での支援経験者によって支援の構想ができていたことが強かった。村は何をしていいかわからない状態で、早い段階で災害経験者のネットワークが関与したことが良かったのだと思います」。

浅野さんは、東日本大震災で多くの県外避難者を出した福島についても過去の経験を活かすことができるのではないかと指摘する。

「ようやく福島県でも県外避難者と地元をつなぐ情報の共有化が進み始めています。もし首都直下型地震が起きれば、私たちも県外避難せざるをえない。県外避難の問題は、私たち自身、ひいては国民全体の問題。バラバラになった時に人と人、人と情報を“つなぐ”ためにはどうすべきか、今真剣に考えるべき問題だと思います」。

浅野さんが執筆した、ブックレット『あなた自身と家族、本当に守れますか? 女性×男性の視点で総合防災力アップ』(財団法人 日本防火協会)。

 

●災害とジェンダーの課題の整理

「神戸がなぜ、うまく復興できなかったのか」という思いがずっとくすぶっていた浅野さんは、「地方自治や都市計画の可能性と限界などについて整理したい」との思いで働きながら大学院に進学し修士課程を卒業。大学の講師の機会を得るとともに、婦人防火クラブのリーダーマニュアルの制作に携わった。その後、全国地域婦人団体連絡協議会に入り、「女性と防災」をテーマに活動を行ってきた。

東日本大震災後は、東日本大震災女性支援ネットワークの研修チームのメンバーとして被災地で行政や支援団体などの支援者に対し、災害支援についての研修を行っている

「この1年で、固定的性別役割、女性のプライバシーや衛生問題、妊産婦など女性特有の問題、暴力の問題など、災害とジェンダーの課題は、かなり明らかになってきましたが、そもそも、災害時になぜそれが起こるのか、どうすれば解決のための仕組みや人が動くのかといった部分の整理は、まだきちんと行われていない」と浅野さんは指摘する。今までの防災の歴史のなかでジェンダーの問題はきちんと取り上げられてこなかったし、炊き出し・ケア役割は女性が得意だからとことん女性にやらせればいいというように、間違った方向にいきかねないと浅野さんは危機感を感じている。

「政策や医療、女性センターなど、それぞれの視点からの課題と解決方法は出てきてはいても、総合的に整理をし、かつそれが学術研究ではなく、実践的に使える知識レベルに整理を行わない限り普及していかない。早急に整理が必要です」。

浅野さんは震災後2年目には、特に防災行政、医療福祉、災害支援に関わっているコミュニティ・リーダーの人たち向けに研修を行い、防災におけるジェンダー課題の知識の普及と実践的な知の体系を整理することとを同時進行で行おうとしている。

「防災における知の体系を構築しつつ、研修でその内容を検証しながら、今年の後半には文字化されたテキストとして実践的専門的政策的に使える成果を形にしていく予定です。一方で、災害とジェンダーの話を正確にバランスと実践性をもって話せる人、つまり普及できるトレーナーを育てたい」と意欲を燃やす。


東日本大震災女性支援ネットワークの研修チームが、宮城県南三陸で4月に行った研修「女性のエンパワメント・ワークショップ  防災・災害支援・復興に多様な視点を」。

 

●市民力の育成のために

浅野さんは、3月まで早稲田大学で非常勤講師として災害を担当した他、東京女学館大学ではここ数年非営利組織論を教えている。市民社会論、NPO・NGO・ボランティア、社会運動など、市民セクターの話である。

「戦後の廃墟と化した日本で、浮浪児があふれ、仕方なく身を売る女性もたくさんいた頃の話から、一般家庭の女性たちが婦人会や消費者団体をつくり、人権や家族の命・健康を守ろうと、公害や食の安全のために消費者運動を行い、国や行政、企業の仕組みや法律を変えさせていった運動の歴史について、そして今、介護や病児保育の支援をしているNPOの話などをしています。そうすると、学生たちは、今普通に存在する制度やサービスが自然にできたものではなく、みんなが必要だと感じ、社会を変えていくためには自分自身で活動しないといけないことに気づく。社会に関わり、いろいろな問題に関心を持とう、自分で考えて情報を得てやっていこうという意識が生まれてくる手応えはありますね」。

災害時には、人や社会の強さも弱さも本当の姿が露呈する。平時のときには見えない問題でも、はっきりと輪郭が見えたときに解決の緒が見えるはずだ。大震災が起き、災害を身近に認識できる今こそ、浅野さんのような災害の現場を経験して得た知識や知恵を社会に活かせる人を増やし、仕組みをつくるチャンスではないだろうか。

 

浅野 幸子 さん
災害とジェンダー研究者。法政大学大学院社会学研究科(政策科学)修了。大学卒業直前、阪神大震災後の神戸の支援に携わる。東京都生活協同組合連合会では、東京災害ボランティアネットワークに関わり、三宅島噴火災の避難者支援活動の後、法政大学大学院修了後、東京都生協連の消費生活研究所、全国地域婦人団体連絡協議会事務局、早稲田大学・地域社会と危機管理研究所招聘研究員を経て、現在、東京女学館大学非常勤講師、東日本大震災女性支援ネットワーク研修チームにて、災害とジェンダーをテーマに、研修や講演などで活動中。

 

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2012年5-6月合併号に掲載されたものです。

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