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子どもを暴力被害から守る 予防プログラムで生きやすい社会を

03.09.2011 · Posted in Interview, 子ども

特定非営利活動法人 おきなわCAPセンター 事務局長 糸数 貴子さん

●安心・自信・自由に生きる権利

「SAFE・STRONG・FREEは、CAPの登録標語で、『安心・自信・自由に生きる権利は誰だってある』という意味です。多様な人が受け入れられる社会になってほしい」。

CAPとは、「Child Assault Prevention(子どもへの暴力防止)」の頭文字をとったもので、子どもが暴力から自分を守るプログラムをワークショップを使って行っている。CAPは、1978年に米国で生まれ、世界16カ国に広がり、日本には1985年に森田ゆりさんによって伝わえられた。家庭内暴力、いじめ自殺、虐待の増加という社会的背景が後押しし、現在、北海道から沖縄まで 130以上のグループが活動している。

おきなわCAPセンターは、児童相談所の職員や精神科医、カウンセラーが集まって行っていた虐待についての勉強会が前身で96年に設立された。今までにおきなわCAPセンターで養成講座を受けた人は200人以上、現在、約50人がメンバーに登録しており、3人1組で沖縄全土から離島まで出向いて、ワークショップを行っている。小学生向けは授業の2時間、中学生は授業の2時間×2日間、大人向けは2時間のワークショップを、多いときには年間200回も開催している。

●ジェンダー的視点に共感

糸数さんは、大学を卒業してSEとして働いていたが結婚で退社。2人の子に恵まれたが、仕事を離れて子育てのみの生活に、不安と疑問を感じていた頃、CAPのプログラムに出会った。

「子どもには、安心して自信をもって自由に生きる権利があるんだ、という言葉が、胸にストンと落ちたんです。私自身、いい母親になろうともがきながら、どんなに努力をしても『できないな』とイライラしていたんです。それまで、子ども関連の講座をいくつか受けてきても、しっくりこなかったのですが、CAPで子どもの生きる権利を保証しさえすればいいと思うことができ、すごく気持ちが楽になったんです」。

糸数さんが気に入った理由に、ジェンダー的な視点がある。プログラムの中に、「今日、おうちに帰って、おうちの人がご飯をあげないよっていったら、どうなる?明日も明後日も、ご飯をあげなかったら、どうなる?」というフレーズがある。「”お母さん”ではなく、”おうちの人”という表現をする。沖縄は歴史的に男尊女卑の慣習が強く、母親にだけ子育ての責任が重くなるような子育て環境のなかで苦しんでいたとき、”おうちの人”という問いかけをするジェンダーの視点に、この活動なら、自分も一緒にできるかもしれないと感じました」。


2009年5月、那覇市役所で行ったおきなわCAPセンター主催の大人向けワークショップ。

●心のケアができていない

暴力の被害にあった子どもたちは、身体的な傷が治っても、心にはずっと傷を抱えたままの場合が多い。「子どもが出かけるときに、親は『気をつけて行ってらっしゃい』といいますが、何か怖い体験をした子は、『自分が気を付けなかったから』とずっと自分を責め続けています。『気をつけてね』の何気ない一言でさえ、子どもの心の重荷の原因になる」と糸数さんは言う。被害にあった子が親に話して、犯人が捕まり、大人から見れば済んだことになっていても、子どもは「自分が悪かった」と思っていたり、危ない目に遭いそうになっただけでも、その先を想像して恐怖を感じたり「自分が悪い」と責任を感じている場合も少なくない。

「ワークショップでは、『被害に遭ったとしても、その子は悪くないよ。絶対、悪くない。だから、その後、誰かに相談しようね』と必ずいいます。その言葉に反応して、話しにきてくれる子がいる。『自分のこと、責めてたの?』と声をかけると、わーと泣き出したりする。そして、話して気持ちをすっきりさせて帰っていきます。親に話して、警察にも届けて、虐待自体は継続していなくても、言い足りていない、心のなかにくすぶり続けている何かがあり、完全に終わったことになっていない。そういう子は、非常にたくさんいますね。大事なことは、その子の話を聞くこと。実際には、そのケアが不足しています」。

誰にも言えなかったことを、プログラムを受けたことで、ひどい状態になる前に子どもが話せるようになり、問題が発覚する可能性も高い。CAPの人間に話しにきてくれた子は、本人と相談して学校の先生につないで、その後の対応を考えるのだいう。


那覇市内の小学校PTAからの依頼で行われた、子どもワークショップの模擬実演。大人に対しての安全な距離を子どもに説明している。

「ワークショップ後に話にきてくれれば、『えらかったね。怖かったね』と声をかけてあげます。”何もできなかった”と本人は感じているけれど、”逃げることができた”ということを認めると、納得して元気になって帰っていく。大人向けでもワークショップ後の感想や相談から、効果を感じます。今、いじめ・親からの虐待・知っている人からの性暴力・誘拐・連れ去りなど子どもへの暴力に関する報道は後を絶ちません。問題を未然に防ぐにも、問題を小さなうちに発見して子どもを救うにも、何か遭った後の心のケアをするためにも、もっと多くのワークショップを開いて、たくさんの人に受けて欲しいと思います」。

●沖縄の抱える問題

沖縄の離島で高校がない島の子は、中学を卒業すると、沖縄本島の高校に進学する。親戚を頼る場合もあるが、ひとり暮らしを始める子もいる。「島の子どもたちは、それまでオープンに暮らしていますから、本島でどのように暮らしていくか、本人も周りの大人も不安。高1からひとり暮らしだと、子ども達のたまり場になりやすく、問題を抱えてしまうことも多い。学校から暴力防止の視点を教えてほしいということで呼ばれることがあり、とても切実です」。

沖縄は全国でも失業率が最も高く、経済格差などの問題を抱え、離婚も多く、児童虐待など子どもへの影響も少なくない。CAPのメンバーのなかにも離婚や夫の失業で働かざるをえなくなり、CAPの活動ができなくなる人もいて、グループの存続にも影響している。

「毎年、呼んでくださっていた学校が予算軽減で減ったり、小規模校などはPTA会費も少ないので、CAPを呼びたくても呼べないということもあります。これまでCAPを導入した学校の多くは、PTAの予算からの実施でした。行政が力を入れて、児童虐待防止の一環として授業で行う市町村も出てきましたが、そうなると、今度はPTAでの取り組みが弱くなってしまう。悩むところです」。


2009年、なは女性センターにて、夏休みの教職員研修の様子。

米軍基地のある沖縄では、米兵による事件が後を絶たないが、被害に遭うと、「そのとき、親はどうしていたのか?」という発言がどこからか出てくる。学校では、「こんな事件があったんだよ、気をつけなさい」という。「気をつけなさいといわれれば、気を付けなかった被害者が悪い、ということにつながってしまう。そういう意味で言っていなくても、米軍による事件が頻発するため、被害者にとっても、その親にとっても、そのメッセージは、とてもマイナスになって届く。米軍相手では訴えてもほとんどが泣き寝入り。米軍基地の存在が、沖縄を分断する原因にもなっている」と糸数さんが危機感を募らせる。 「沖縄は、子どもを取り巻く環境という意味では、非常に深刻。地域での子どもへの暴力防止の力を高めるためには、子どもをサポートできる大人を増やし、その人同士がつながっていくことが大切だと思います」。

子どもを暴力から守ることは、大人として当然だが、現代社会では問題を抱える大人が、子どもの加害者となっている。絶対的に弱い立場の子どもを守るためには、子ども自身にきちんとした情報を与えるとともに、大人の意識を高める必要がある。これだけ子どもへの暴力に関わる問題があるなか、精神論だけでなく、CAPのような具体的かつ効果的なプログラムがもっと普及するために国が取り組むべきだと思う。

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糸数貴子さん
特定非営利活動法人 おきなわCAPセンター(http://www.okinawa-cap.com/)事務局長。琉球大学卒業。98年、CAPを日本に紹介した森田ゆりさんの講演会に参加し共感。おきなわCAPセンターの養成講座に参加後も活動し、99年より事務局スタッフ。2007年より事務局長。ワークショップの要請にスタッフのコーディネート派遣やイベントの企画開催などCAPプログラムを積極的に推進している。

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2011年2月号に掲載されたものです。

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