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第7回 幸せを感じるときとは

12.25.2013 · Posted in コラム, メンタルヘルス

2013年9月9日、国連は「世界国民幸福度報告書2013」を発表した。2011年7月に国連加盟国に幸福度の調査を行い、結果を公共政策に活かすことを呼びかけた結果、2012年4月にブータン首相が議長になって最初の世界幸福度報告書(World Happiness Report)が発表され、2013年からは毎年3月20日を国際幸福デーと定めた。

 2010~2012年の国別幸福度ランキング結果の上位は、1位デンマーク、2位ノルウエー、3位スイス、4位オランダ、5位スウェーデン。経済大国アメリカは17位、2位の中国は93位、3位の日本は43位で、GDPの高い国が幸福度が高い結果にはなっていない。

 「電通こころのラボ」が9月に発表した全国5万人を対象にした「日本人の幸福度調査」では、「幸福度を10段階で例えると5.5」、「日本人の心の季節は秋」、「全国の6割以上の人が”次の時代への準備中”」という結果が出た。

 震災復興は進まず、原発事故処理も目処がたたず、消費税導入、TPP参加など社会不安もあり格差も広がりつつある今の日本では幸福感を抱けない人も少なくないのだろう。

どんなときに、幸せと感じるか

 人はどんな時に幸福感を感じるのだろうか。心を許せる人と一緒に過ごすとき、おいしいものを食べたとき、感動した時、何かをやり遂げたとき、嬉しいこと・ラッキーなことがあったとき… 日々忙殺されていると幸福感など感じる事も忘れてしまいがちだ。

 仕事帰りの飲み会で大いに盛り上がっても、帰路の途中で虚しさがこみ上げてくる人もいるだろう。プレゼンが成功し仕事がとれたとしても、次の難題が待ち受けている。一瞬の幸福感のすぐ後に次の不安が襲ってくることもある。

 家に帰ってかわいい子どもの顔を見たり、ペットと遊ぶときに幸福感を感じる人もいるだろう。改めて「幸せを感じる時とはどんなときか」と考えると、すぐに出てくる人より、なかなか出てこない人が多いのではないだろうか。

 3・11の津波で甚大な被害にあった宮城県沿岸部に住んでいた当時中学3年生だった男性は、下校してひとりで自宅にいたときに被害に遭った。津波で家ごと流されているのに気づき、屋根にのぼったが屋根が壊れ、いったん濁流に飲まれた。

 「もう、死ぬんだな」と感じたが、「やっぱり死にたくない」と思い、流れてきたボートに必死でしがみつき運良く助かった。

 家族はみなバラバラだったが全員助かり、仙台の親戚のところに身を寄せた。済んでいた町の多くの人が亡くなったなかで、自分の知り合いの遺体をたまたま見つけたとき、「あーそうか。やっぱり1回死ぬともう終わりなんだな。命は本当に1つしかないんだ」と実感したという。

 今でも当時の映像を見ると吐き気が止まらなくなり、なぜ自分は生き残ったのかを考える日々を過ごしている。現在高校3年生になった男性は、この11月大学に合格し、「今が一番幸せかもしれない」という。

 災害直後は「家族が無事でそろっているだけで幸せ」、「家が無事だっただけで幸せ」と感じただろう。離婚した人は「伴侶がいるだけで幸せ」というし、不妊治療中の人は「子どもが授かるだけでも幸せ」という。しかし、その幸せも日常になってしまうと忘れてしまう。

 幸せの実感を持続させ、いつでも思い起こせることが、心を健康に保ち、想像力や思考力を高め、希望や目標をめざすような、次の幸せにつながるエネルギーになるのではないだろうか。

人間の脳はネガティブ指向

 そもそも人間の脳は、ネガティブ指向になっている。太古の頃より人類は子孫をきちんと残し、生き延びていくために、食料を得、外敵を避けなければいけない。そのために、常に不安感や警戒心をもって悪いニュースには積極的に反応し、経験上危ないと察知したことをしっかりと記憶し、自分が生き延びるために参照しようとする危機管理の特性がある。

 ネガティブな経験を優先して意識し、記憶して将来に備えるために、不安や警戒を感じ、恐れ、怒り、悲しみ、罪悪感などの不快な感情が活性化されてしまう心の傾向がある。ある人に言われた嫌な言葉は何度も思い出すのに、褒められて嬉しかった言葉はすぐに忘れてしまうという経験は誰にでもあることだろう。

 そんな脳のメカニズムを持っているため、成功体験や幸せな気分、ポジティブな感覚を積極的に記憶にとどめていこうと意識的に心がけないとすぐに忘れてしまう。心の引き出しに悪い記憶や危機回避の想いばかり詰め込んでいると、表情も暗くなり、思考もネガティブになり、好機もチャンスとして捉えられなくなっていく。

 あまり明るい話題のない日本で生きていると、メディアからは事件や悪いニュースしか流れてこないし、どんな人でも様々な問題を抱えているだろう。それを乗り越えて生きていくには、心が折れてしまわないように、自分で前向きになれる方法やストレスを軽減し辛い現実から立ち直れる方法を自分なりに工夫して身に付けておくべきだろう。

 脳には可逆性があり、心地良い感覚を取り入れる体験を心がけることで脳の傾向を変えることができることもわかっている。日頃から、ネガティブ指向な脳の傾向を知ったうえで、ポジティブ情報に対する脳の感受性を高め、自分にとって有益な記憶を増やして参照しやすい方向へと意識的に心がけることで、脳の傾向を変化させ、より幸せの実感を増やすことはできるのだ。

自己の思考パターンを知る

 人はその時によって言葉の受け取り方が違う。同じ言葉を聞いても、自分の状態や相手の印象、口調、距離感など様々な要素で言葉の捉え方が変わる。他人にかけられた些細な言葉で、ムっとなって腹を立て、その後イライラが続くことは誰にでもあるだろう。そこには相手が伝えようとする内容よりも、受け取る側の自分の状態が大きく影響している。

 あるワークショップで、ある言葉を聞いてどう感じるかを体験するワークがあった。

 ”いつもうまくいかなくて大丈夫ですよ”

 最初にこの言葉をかけられたときに、どう感じたかを参加者があげたところ、「いや、そんなわけにはいかない。うまくいくように努力するのは当然のことだ」「そういったって、うまくいかなかったら責任を取らされる」「仕事でうまくいかないでは済まされない。うまくいかなければ非常に問題になる」、「そんな言葉をかけることは、甘えの原因になる」。反射的にこのような感情を持ってしまった人が多かった。

 その後、目をつぶりリラックスして穏やかな精神状態になってから、同じ言葉を聞いてみたところ、「人間なんだから、うまくいかないときがあっても当然だ」、「そういう言葉を日頃からかけてもらえたら、余裕を持って仕事できるのになぁ」、「うまくいかなければ、また別の方法を考えればいいさ」などと心の奥の声が浮かんできて、参加者は最初との違いに気付かされたのである。

 ワークショップでは、いくつかの言葉で心の中に湧き起こる感情の違いを冷静に見つめてみた。すると、次第に自分の思考の傾向に気付かされる。どんな言葉をかけられても、客観的に受け止められる人もいれば、自分に責任がかからないように回避する方法ばかりを考える人、自分が悪いと思ってしまう人、ものすごく楽観的に捉える人など様々だ。このように自分の思考のパターンを知っておくと問題にも対処しやすくなる。

 また、自分の状況によって物事の捉え方が変わってしまうことを知っておくと、一呼吸おいて本音を自覚し、冷静に考えてから行動するようにすれば、円滑なコミュニケーションに近づきやすい。特に、ネガティブ思考な人は、無駄なトラブルや後でストレスを抱えることが減る可能性が高い。

 自己の思考パターンは、あらゆる言動の基本である。そのせいで、日頃から幸福感や充実感を感じられない人は少なくない。自己の思考パターンを検証して自分の心の傾向を知ったうえで、良好な人間関係を築き、自分らしい人生を送るためにはどのようにすればいいか、よく考えてみてはどうだろうか。そこにはワークライフバランスのとれた人生を送れるヒントがある。

参考:
国連が世界幸福度報告書2013を発表。国別幸福度ランキングで日本は43位に
日本人の幸福度調査 (電通こころラボ)

 

Int’lecowk(国際経済労働研究所発行)2013年12月号に掲載されたものです。

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