出会いで受け取るもの
人と人との出会いは、必ずお互いに何かを受け取ることができる。
何を受け取るかは、受け取る側次第。
変な社会常識や力を持つ持たない等の観念にとらわれていると、何も受け取れずに終わってしまうかもしれない。
嫌なことばかり受け取るのは、自分の問題。
人と人との出会いは、必ずお互いに何かを受け取ることができる。
何を受け取るかは、受け取る側次第。
変な社会常識や力を持つ持たない等の観念にとらわれていると、何も受け取れずに終わってしまうかもしれない。
嫌なことばかり受け取るのは、自分の問題。
抑圧された環境に長くいると、どんどん本能センサーが鈍り、直感が働かなくなり、自分らしさがどんどん失くなっていく。
センシティブでいると、もろに被害を被るため、センサーが下がるのは、身を守るための自己防衛本能が働いているから。しかし、あまり長い間そういう状態にあると、本来の自分に戻れず、分からなくなる可能性がある。
自分を守るために自覚的にセンサーの感度を下げることができればいいが、無意識的に感度が下がり続ければ、自分自身を自覚できなくなるし、封じ込めることに慣れてしまうと、開けるのが怖くなる。
(さらに…)
ヒトは、どんどん変化していくもの。
ストレスが溜まるのは変わらないけれど、ストレスになるプロセスや内容は変わる。
センサーの感度が高くなると、しょうもないものを拾う感度も同時に高くなったりする。
昔はストレス解消できた方法でも、今やっても解消できない場合もある。
なんか、いい解消法ないかなぁ。
「アメリカの高校生男子の5人に1人がADHDと診断されでクスリ投与」なんて!
それは発達障害じゃないのに、医師が問題の多いマニュアルをもとに障害のレッテルを貼って、クスリの売り先を増やしているだけ。
どの精神障害も真の原因はわかってないのに、精神障害を判断するマニュアルを作ってしまう。何を基準に作ってるのか。
そんな根拠もあやふやなマニュアルで判断して、病人のレッテルを貼ってクスリを出すなんて。
精神障害者をつくりだすためのマニュアル。
世界中の精神科医たちが診断や治療に際して使用するマニュアルがあります。
これを「精神疾患の診断統計マニュアル(=DSM)」と言います。
しかし、「統計」「マニュアル」という言葉だけが存在するのですが、実際のところは「統計」など全くなく、また人々が良くなるというためのマニュアルではありません。写真のこの人はこのマニュアルの最新版の編纂委員長を務めた人ですが、こんな言葉を平気で言ってしまう人なのです。
波乱万丈な日々の中で、今日も穏やかに眠れるって言う時に感じるのが幸せ。
ずっと平穏で変化の少ない日々を送っていると、
些細な幸せさえ、気づかない。
その人をチヤホヤする人たちのレベルは、その人以下。
そんなのに満足していると、さらにレベルは落ちていく。
対等につきあえて、お互い高めあえる相手、自分よりスゴイと思える相手とつきあいたい。
白黒つけた方が、精神的に楽だから、白黒はっきりさせたい欲求にかられる。
世の中、白黒つけたいことが多いけれど、ほとんどはグレー。
無理やり白黒つけようとするから、疲れる。
グレーのままでいいじゃん、と思えるようになれば、ストレスにならない。
けど、難しい。
誰かに自分のことを理解してほしくて、ほしくて、理解してくれる人をさがしている人がいる。
仲良くなった友人、知人にいろいろ本音を話して、一旦、深いつきあいになりそうになるけれど、「やっぱり、わかってくれないのね」などといって、つきあいがうまくいかなくなっていく。
男女関係もそう。最初は調子良くつきあっていても、すぐに破綻する。
そういうのを繰り返して、結局、カウンセラーや精神科医などの専門家に相談にいき、自分をわかってほしいと主張する。
いくら専門家で傾聴の訓練ができていたとしても、相手の考えることすべてを理解することなんて不可能。なんらかのやりとりで、自分の思い通りのレスポンスが返ってこないと、「専門家なのに、なぜ、わかってくれないんですか。それが仕事なんじゃないんですか」などといってキレる。
なぜ、他人に自分のことをわかってもらえると思うのだろう。 (さらに…)